「模擬挙式だって。今度みんなで行ってみない?」
マヤが放課後に持ってきた週末の予定は、いつものとはかなり方向性が違っていた。差し出されたパンフレットには、ウェディングチャペルの写真と共に「二人の夢、永遠に」とおしゃれなフォントが踊っている。
「マヤちゃん。そういうのって、カップル向けのイベントなんじゃないかな……?」
アリサが心配そうに訊ねた。自信満々のマヤが言うには、小中学生向けの模擬結婚式が流行っているらしい。
読んでみると、確かに子供向けのプログラムも用意されていると書いてあった。挙式と一緒に披露宴のメニューまでこなせるようになっているようだ。
「私、親戚のお姉さんの結婚式に行ったことがあるんだけどね。こういうのって、ちょっと照れちゃうかも」
「もしかして、マリ姉の話? 豪華なドレスだったよね」
「うん。私も将来あんな綺麗なドレスを着てみたいな、って思っちゃった」
「あ、それ分かる。やっぱり見てると憧れちゃうよね」
サアラとアリサは、結婚式――で着るドレス――への憧れが強いみたい。どちらも女の子らしい女の子という感じだし、別に不思議なことではないけれど。
「そうなの? 私、あんまり考えたことなかったかも」
「まぁ、柚葉はロックが恋人って感じだもんね」
そう返すと、柚葉はちょっと照れた顔。学校では大和撫子で通っている彼女も、実は隠れて激しい音楽と付き合っている。
格式の高いお家で大事に育てられてきた柚葉は、いつか盛大な結婚式と向き合うことになるのかな。
「最近の結婚式は、いろいろ自由に演出できるみたいだよ。多様性?の時代なんだって」
「そっか、自由に……じゃあ、ライブハウスみたいな場所でやってもいいのかな?」
「「うーん、それはないかな」」
「……ふふっ」
「あはははっ!」
突然の会話の流れに、私とマヤが思わず笑ってしまう。サアラと一緒にアリサまでツッコミに回ったのがおかしくって、五人でしばらく笑い転げていた。
私がサアラに惹かれているのは、サアラが可愛いからではなかった……と思う。少なくとも、初めの頃は。
「ねぇ、リセ。模擬挙式、どうしよっか?」
「サアラは行きたい?」
「うーん……リセが行きたいなら、私も行くつもり」
背中合わせで会話する。わざわざ二人になってからこんなことを言い出すのは、ただ、彼女があんまり乗り気じゃないからだ。
「あんまり行きたくない?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど」
歯切れが悪かった。サアラの中で思考を整理する時間が流れて、ややあって、彼女がまた口を開く。
「私、綺麗なドレスを着て結婚式するのが夢だったの。でも、結婚したらリセと離れちゃうって思ったら、それはちょっと嫌だなって」
頭がぐらりとしたのは、難しい本から来る眠気のせいではなかった。サアラの隣に立つ私ではない誰かのことを考えるのは不愉快で、彼女と私が結婚しないのが 当たり前だとしても 、それは不条理な現実に思えた。
「そんなの気にしなくていいじゃない。結婚式なんて、綺麗なドレスを着るだけのパーティなんだから」
「そっか。やっぱり、リセはクールだね」
「サアラがロマンチストなだけじゃない?」
「ん、そうかも」
私が可愛いものに憧れるのは、可愛らしさが私に似合わないからなのかもしれない。でも、そうだとしたら。そうだとしたら、サアラが綺麗なドレスを着ているのを想像すると、胸が締め付けられるのはなぜだろう。
可愛いサアラは何も知らない。私のことも、マヤのことも。私は、何も知らないサアラに近づきたいだけなのかもしれない。
「じゃあ、やっぱり行こうかな」
サアラはそう答えて、何事もなかったかのように読書に戻った。そして、また静かな時間が流れていく。