/* この作品はCOMITIA151で配布されたペーパーに掲載されています。 */
「――あー、すみません。ちょっと分かんなくて……でも、たぶん面白いです!」
「どちらをお探しですか? あ、催眠モノならこっちの箱にまとめてありますので」
上から「えらべる!同人誌詰め合わせセット」というラベルを貼った古い段ボール箱を差し出すと、大きなリュックを背負った黒いシャツの青年が小さく礼をする。それから、リズミカルな指使いで中に並んだ同人誌の列を繰り始めた。
鋭い目つきでタイトルや絵柄を素早く確認しているようだけど、こんな表紙が擦れて薄汚れた本のどこに注目する価値があるのだろう。私はアマチュアの同人文化には詳しくないから、同じ髪色の女の子は同じキャラに見えてしまう。だって、いま彼が必死に物色しているのは、もとは雑居ビルの裏に不法投棄されていた需要のない同人誌だ。
そもそも私たちがこの地下フリマに出ることになったのは、イズミの部屋に透明な根を張った盆栽から採れる大量のメントール結晶を売りさばくためだった。もともとフリマアプリでメントール専用のストアを構えていたけれど、相次ぐ違法高額転売への対策でBANが相次ぎ、私たちのストアもあえなく売上没収の憂き目に遭ったのだ。
地下フリマならBANされることもないし安心……と思ったのも束の間。開催前日のイズミの部屋に、今こうして売られている同人誌の箱が大量に積まれていたのだ。どこから入手したのかというのも、さっき書いたとおり。拾ってきた本人に尋ねても「よく分かんないけど、売れそうだったから!」なんてあっけらかんと答えるだけだった。
「これとこれと、これ……いただいていいですか?」
「はい。詰め放題なので、袋に入る分は自由に持ち帰ってください」
「なんか、警察に見つかったらヤバいのもあって……やっぱ地下ってすごいっすね」
「ま、まぁ……ちょっと伝手がありまして」
にこっと笑ったつもりだけど、きっと笑顔が引きつっている。自分たちが売っている中古本の内容まではしっかり確認してなかったけど、こうしてその道のマニアがこそこそ目を輝かせているなら、やっぱり ホンモノ なのだろう。メントールの盆栽を拾ってきたときも実感したけど、イズミは面倒ごとを嗅ぎ分けて持ってくる能力が高すぎる。
「ね、あさひ。やっぱり持ってきてよかった。ちゃんと売り上げは半分こするからね」
「お金を受け取ると罪になりそうだわ……はぁ、急に地下臨検が来ないといいわね」
「わたしたちにはプルトニウム回収で身につけた逃げ足があるから、きっと大丈夫!」
プルトニウム回収の裏バイトで廃工場や廃鉱を駆け回っていたのは、もう何年の前のことだ。分離槽の小さな隙間に隠れたり、複雑な瓦礫を飛び越えたりするあの感覚が爪先に走ることはもうない。それでも、イズミが私の手を引いて走ってくれるなら、逃げられないような窮地でもなんとかなるような気がした。