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甘い煙に誘われて 2

/* この作品はflowline flowerに収録されています。 */


nickname 2

まりっぺのことは、もう忘れたつもりでいた。突然私の前から姿を消した彼女のことを、いつまでも追い続けるわけにはいかなかったから。

あのとき、まりっぺはどうして私にさよならを言わなかったんだろう。私のことを嫌いになったんだろうか。

まりっぺは、最後に私をCと呼んでくれた。私が赤沢さんをまりっぺと呼ぶように、私をCと呼んでくれた。だから、半ば強引に参加させられたこの同窓会で、後ろから懐かしいあの声で「C」と呼ばれたとき、私の心は確かに四年前に戻っていた。

「あら、C、久しぶりね」

……まりっぺ。どうしてここに?」

secret 2

まりっぺの部屋は、駅から十分ほどのアパートの三階にあった。振り向くと、細い道を挟んで背の低い一戸建てやアパートがひしめき合っていて、一歩踏み込むだけで誰かの生活とぶつかってしまうような狭苦しい気分になる。

もう辺りはすっかり暗くなっていたけど、歩いていてもすれ違うのは残業帰りのサラリーマンくらいしかいない。窓から漏れる黄色い光と、睨むように冷たく光る街灯が、疲れた顔を上からぼんやりと照らしていた。

この辺りはあんまり治安が良くないと聞いていたけど、今のところは閑静な住宅街に見える。

「そう? 住んでみれば、そんなに悪くないわよ。狭いのは慣れてるし」

「でも、暗くて危ないよ」

街灯はそれなりに整備されているとはいえ、建物と建物の間を縫うような細い道はやっぱり見通しが悪い。この川沿いの住宅街にたどり着くまで何度か路地を通り抜けてきたけど、まりっぺみたいな若くて綺麗な女の子が通り抜けるには、少々おぼつかない箇所もあった。

「あら、普段はちゃんと暗い道を避けて帰ってるわよ。でも今日は、特別だから」

「特別?」

「私のこと、守ってくれるんでしょ? あの約束、もうおしまいなの?」

えっ、と思わず聞き返してしまいそうになる。あの約束、と言われて思い出すのは高校二年の冬のことだ。あの時もまりっぺは、確かに「特別」と言っていた。まるで魔法の呪文みたいに。

まりっぺが退学してから、私は彼女がくれた「特別」を忘れようとしていたけれど、どこかで同じくらい彼女に期待していた。私とまりっぺを結んでいた灰色の糸はもう切れてしまったはずなのに、彼女の呪文は私をずっと縛り付けている。もう一度まりっぺの「特別」になれるかもしれないと期待するだけで、もうそのことしか考えられなくなっていた。

……そんなこと、ないけど」

だから今も、まりっぺがこうして遠い日の約束をちらつかせるだけで、私はそこから目が離せなくなってしまう。彼女と過ごした甘い日々がありありと思い出されて、何も言えなくなってしまうのだ。私が本当に彼女を守り抜けるかどうかには関係なく、ただ約束だけがそこにあった。

でも、彼女の特別は私にはよく分からない。私だけの特別じゃなきゃ、何の意味もなかったから。私にくれた特別と、誰かにあげた特別が同じなら、それは特別なんかじゃなかった。

「ねぇ、ちょっと」

と、私が下を向いて黙ったままでいると、突然まりっぺが私の横から身体を押し込んでくる。ツインテールがふわりと私の顔をなぞって、ヘアミストに包まれたまりっぺの甘い香りが鼻をくすぐった。その優しい不意打ちに、私は思わず後ろへ一歩、二歩……そのよろめくような動きが滑稽に見えたらしく、後ろを向いたまりっぺが小さく笑った。ほのかに光が漏れる。

「ま、まりっぺ、どうしたの?」

「どうしたの、って……そこに立ってたら、ドアが開けられないわ」

まりっぺは部屋の鍵を開けようとしていたらしい。いや、帰ってきたのだから当たり前だ。まりっぺが退屈そうにキーホルダーをもてあそんでいる横で、私は昔のことに夢中になってただ突っ立っていたらしい。慌ててまりっぺの横に収まるように滑り込むと、程なくして重たい音と共にドアが開いた。

「少し散らかってるけど、適当にくつろいでちょうだい」

靴を脱ぐ。アパートの古びた外見とは裏腹に、1Kの小さな部屋はまりっぺらしさで埋め尽くされていた。

フローリングの上には左からベッド、ソファ、ガラステーブル、そして棚とその上に小さなテレビ。部屋の隅には大きな白いクローゼットと姿見が置かれていて、中にたくさんのドレスが入っていることが窺える。奥にはベランダに続く掃き出し窓があり、今はそこにジャガード調の柄がきらめくピンクの遮光カーテンが引かれていた。

棚やベッドに置かれたたくさんのぬいぐるみのせいで、散らかったような印象も受けるけど、淡い色で統一された室内はまさにまりっぺのお城という感じだ。そんなお姫様の部屋の雰囲気を仕上げるように、ローズアロマがほんのり香っている。

でも、その優しいフローラルの香りの後ろに、隠しきれないタバコの匂いがかすかに残っているのを私は見逃さなかった。床に、ソファに、壁紙に、かつてまりっぺがくゆらせていたような甘い匂いのものじゃなくて、ツンとした嫌な刺激臭を感じる。よく見ると、煙が染みているせいか、淡い花柄の壁紙の端が少しくすんで生活感を残していた。

別に、まりっぺがどんなタバコを吸っていようと私は気にしない。むしろ、新しいまりっぺの匂いを歓迎してしまうだろう。問題は、それが本当に「まりっぺの匂い」なのかということだ。まりっぺに感じていた男の影の正体を、私は結局確かめられずにいたから。

そして、まりっぺについてもう一つ気になることがあった。それは、彼女の舌にはまったピアスのことだ。食事の時から気になっていたけど、何度かその瞬間を見ているうちに確信した。笑うたびにちらりと覗く銀色の丸みは、かつてのまりっぺからは見つけられない明らかに異質な存在だった。ほのかに残るタバコの匂いが妙に頭に染み付いて、その穴さえも誰かが作った傷のように思えてくる。

まりっぺに刻まれている誰かの跡が、可愛らしく飾られた部屋や身体の中に隠れているのが分かる。私がまりっぺの恋人だったなら、口をこじ開けてでも確かめることができただろう。でも、今の私には、それが本当にピアスなのかを尋ねることすらできなかった。その傷が誰かに隷属している証だとしたら、私はもう立ち直れないだろうから。

「ソファ、座って。飲み物、コーディアルソーダでいい?」

「う、うん」

赤いチェックのトレイには、緑がかった琥珀色の涼やかなジュースで満たされたコップが二つ。からりと氷の音をさせながら、まりっぺは順番にコップを並べていった。

準備を終えたまりっぺが私の隣に座って、のどを鳴らしてソーダを半分ほど流し込む。私もそれにつられてコップに口を付けてみると、優しい花の香りと共にほのかな甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。


それから、私たちは色々なことを話した。高校のこと、大学のこと、専門学校のこと。新人モデルとして頑張っていること、就活がなかなか上手くいっていないこと。高校を去ったまりっぺは、東京で専門学校に通いながらモデルを目指しているらしい。

一方の私は、適当な大学に進んで人生を先送りにしているうちに、夢も人生も考えられないまま社会に出なければならなくなってしまった。高校を出なくても夢を叶えられる人はいるなんて、あの頃の私に言ったら信じるだろうか。大学に行っても夢を見つけられない人がいるなんて、あの頃の私に言ったら信じるだろうか。

まりっぺは、なぜかB子の話ばかり聞きたがった。私はB子のことなんてよく知らなかったし、思い出すのも嫌だったけど、まりっぺにとっては懐かしいクラスメートの一人でしかないのだろうか。あんな女のこと、どうして。

しかし、自分が勝手にライバル視していたまりっぺを同窓会に呼びつけて、B子は何をしたかったんだろう。前からB子は嫌なやつだとは思っていたけど、まさか大人になってまでそんな子供みたいな意地悪をするとは思わなかった。

と、部屋の前のコンクリートの廊下を歩く低い音が響く。ふと時計を見ると、もう日付が変わりかけていた。こんな夜遅くまで残業か、と思いながら声のトーンを落として通り過ぎるのを待っていると、まりっぺは逆にその足音に反応するように立ち上がった。

「あら、来たみたい。少し待ってて」

そう言って、まりっぺがチャイムも鳴らないうちに玄関に向かう。しかし、こんな時間に来るのは宅配便でも訪問販売でもない。私が「誰か来るの?」と尋ねると、まりっぺは振り向いてこう答えた。

「A子よ。後で紹介するわ」


ずかすかと上がり込んできた女のことを、まりっぺは確かに「A子」と呼んだ。

「よっ、タバコ吸いに来たよ。……あれ? 誰、それ」

「友達よ、友達。来るなら先に言ってよね」

A子は喫煙所にでも来たような口ぶりで、まりっぺの部屋に上がり込んだ。手に持っているのはフィルムに包まれた新品のタバコだろう。深紅のパッケージの表面にはホログラムが貼られていて、動くたびに蛍光灯を反射して安っぽい黄色のきらめきを放っている。

A子。その名前には聞き覚えがあった。いや、忘れるわけがない。まりっぺと私の大事な時間を邪魔したA子。私からまりっぺを奪っていったA子。私から「特別」を奪っていったA子。

四年前のあの瞬間が、今目の前にまた現れようとしていた。

本当なら、まりっぺにA子との関係をすぐにでも問いただしたかったけど、今はまだその時じゃない。A子だって、思いがけない先客の私を見て何か思うところがあるだろう。もしかしたら、向こうから何か仕掛けてくるかもしれないし。

A子が靴を脱ぎながら、ピンクのスケートボードをドアに立てかける。まさか、ここまでスケボーで来たんだろうか。ロングの茶色いくせ毛を翻し、デニムと大きめのブルゾンで狭い道を駆け抜けるA子は、いかにもストリート系という感じがする。

やっぱり、まりっぺにはそんな子似合わない。

「ふーん。でも、マリーに友達なんていたっけ?」

A子の気だるげな視線が私に向く。品定めするようにゆっくりと私をなぞるその目は、敵とも味方ともつかない不思議な雰囲気を放っていた。

「友達くらいいるわよ。C子、ほら、高校の友達」

「C子、高校……あー……同窓会、結局行ったんだ。服、可愛いじゃん」

「えぇ、行ったわ。悪い?」

「別に悪くはないけどさ。どうせ、真面目ちゃんたちとは話が合わなかったでしょ?」

A子が壁に寄り掛かって、まりっぺにもゆっくりと舐めるような視線を送った。知らない私だからあんな視線を向けているのかと思ったけど、A子にはそもそも人をじろじろと見る癖があるらしい。悪い癖だなと思う。

同窓会の話は既に聞いていたようで、私のこともそこで会った同級生だとすぐに理解したらしい。それにしても、「真面目ちゃんたち」だなんて、随分知ったような口ぶりだ。まりっぺは、高校時代のことをA子にどう話したんだろうか。私のことや、タバコのこと……それに、B子のこととか。

「そんなことないわよ。Cにも会えたし」

……あ、そ」

A子は短くそう答えると、もう話すことはないとでもいうように冷蔵庫の中を物色し始めた。しばらくすると酒がない、つまみがないと騒ぐA子の声がキッチンの奥から飛び出し、まりっぺもそれに応酬してごちゃごちゃとした口論を二、三繰り返す。

「あのね、そんなに欲しいなら、勝手にコンビニで買ってきなさいよ!」

「買う買う。途中にコンビニがあったらね」

それからまりっぺは、順番に私とA子の紹介を始めた。

私のことは高校時代の友達だと言っていたけど、タバコの話はしていなかった。一緒に帰るくらいの友達とか、なんとか。もしかして、A子はタバコのことを知らないんだろうか。そうだとしたら、A子はどうしてまりっぺが高校を辞めたと思っているんだろう。

A子。青山A子は新宿で働くフリーターだという。この近くに住んでいるらしい。たまに来るのよ、とまりっぺは迷惑そうに言っていた。わざわざタバコを吸いにくるだけの仲なんて、まりっぺにも妙な友人がいるものだ。

「二人とも、なんだか気が合いそうね」

まりっぺは私とA子を交互に眺めながら、そう言って少し笑った。私には、どうにもそうは思えなかったけど。少なくとも、マリーだなんてダサいあだ名を使う女と一緒にはされたくなかった。


自己紹介もそこそこに、まりっぺは「着替えてくるわ」と告げてバスルームに消えていった。残されたのは、まりっぺの身体を濡らすしっとりとしたシャワーの音と、互いの名前くらいしか知らない他人同然の二人だけだ。

「ソファ、座りますか?」

「あー、別にいいよ。床の方が落ち着くし」

ガラステーブルに頬杖をつくA子は、ラグの端にあぐらをかいて私に向かい合うように座っている。左手で画面をスクロールさせながらぼんやりとした視線でスマートフォンを眺めるその姿は、なぜか前に見たことがあるような気がした。

沈黙が流れる。テレビを点けておけばよかった。

A子は私に興味がないらしい。でも、私はA子のことをもっと知る必要があるのだ。A子にとってはSNSでもチェックしていれば過ぎ去るような暇な時間かもしれないけど、私にとっては彼女のことを見定めるための重要な時間だった。

手持ち無沙汰そうにもてあそぶタバコの箱が、いちいち光を反射してきらめいている。しばらくすると、A子はスマートフォンを捨てるように床に置き、タバコのフィルムに手を掛けた。

ぱちぱちと爪でフィルムを擦る音を響かせているところを見ると、どうやら開封テープの加工が甘かったらしい。A子は何度か包装をぐるりと見回した後、私の名前を呼んで枕元のペン立てを指差した。

「開かねーな。C子、そこにかみそり置いてない?」

「あ、はい……これですかね」

ペン立てにかみそりがあるのか、と思いながら赤紫の薄い柄を引き出すと、乳白色のカバーに包まれた刃が現れる。A子は短く「ん」と答えると、受け取ったかみそりのカバーを外し、慣れた手つきでフィルムを切り取った。

A子はかみそりにカバーを戻し、そのままテーブルに置こうとする。すさかず私が「よかったら戻しますよ」と呼びかけると、A子はそれに応えて柄を握ったまま私にかみそりを差し出した。その不躾な刃を受け取りながら、視線を上に向けたA子と目が合うタイミングを狙って、私は本題を切り出す。

「あの……青山さんって、まりっぺの友達なんですか?」

「マリーの友達? それ、どういう意味?」

質問に食いついた。フィルムを剥がす手が止まる。

私を見上げるA子の目は、突然の質問を受けて少しずつ怪訝な目つきに変わっていった。一瞬、シャワーの音が止まって、二人の間の沈黙がぐっと強くなる。

確かに、A子にとっては意味の分からない質問だろう。お前は友達なのか、なんて。でも私は、四年前のまりっぺが電話口で見せたあの笑顔の正体を明らかにしたかった。四年前も、そして今もまりっぺの隣にいるこの不良じみた女が、どうして「特別」なのかを確かめたかった。

「だから、まりっぺとはどういう関係なんですか? まりっぺとは、いつ、どこで知り合ったんですか?」

「なにそれ。取り調べかなにか? そんなに気になるなら、マリーに訊けばいいじゃん」

「はぐらかさないでくださいよ。言えないような関係なんですか?」

私の煽るような問いかけに、A子は眉をぴくりと動かして応えた。

「はぁ? そんなわけないじゃん。夜中にいきなり尋ねても怒られないくらいの関係だよ。それ以上でも、それ以下でもない」

流石に私の追及がしつこいと感じたらしく、語調が少しずつ荒くなる。意図の見えない質問に苛立っているのが分かった。それからA子は、お前の好きにはさせないとでも言うように剥がれかけたフィルムをぐしゃぐしゃに破り捨て、ひったくるようにタバコを一本引っ張り出した。

威嚇するような荒い仕草に飲まれそうになるけれど、ここで引き下がるわけにはいかない。

「で、なんなのその質問? 意味分かんないんだけど」

「あの、友達なら友達って言ってくださいよ。もう一回訊きます。まりっぺとは、どういう関係なんですか?」

全く同じ質問に、A子がとうとう大きな溜息を吐く。苛立った彼女の表情が徐々に怒りを帯びていった。射るような目つきは荒っぽくて、繊細さの欠片も感じられなかったけど、その力強さはまりっぺと少しだけ似ていた。

「だから、なんだっていいじゃん。友達かどうかがそんなに気になるのかよ」

「気になりますよ。だって、私は――

……じゃあさ、恋人だったらどうすんの?」

恋人? 私の言葉を遮るように、A子がぽつりと呟いた。まるで取り留めのない雑談のように投げかけられた言葉が、私の心に大きな波紋を広げていく。

A子はすこぶる退屈だとでも言うように、指に持ったタバコをテーブルに放り投げて背伸びするように身体をのけぞらせた。そのゆったりとした動きを見ていると、余裕がないのは私だけのように思えてくる。

つまり、まるでこの女が本当にまりっぺの恋人で、その事実を知らない私だけが一人で大騒ぎしているような……そんなわけないのに。そんな――

――こ、恋人なんて、そんなわけない!」

駆け巡る疑念に耐えきれずに、私は思わず立ち上がっていた。彼女の罠にハマったのだと気付いた時にはもう遅い。私を見上げて鼻で笑うA子を見て、私は負けた、と思った。もう目の前には、冷静なA子と感情的な私が向き合う滑稽な構図ができあがっていた。

「なんでだよ。C子だって、マリーが好きでここに来たんだろ? 私たちが付き合ってたっておかしくないじゃん」

まるで私の気持ちを知っているかのような物言いだ。そうやって、言い当てるふりをして動揺を誘っているのは分かっていたけど、一度崩れた態勢を整えるのは難しい。私の中の疑心暗鬼じみた想像が広がって、少しずつA子のペースに巻き込まれているのが分かった。

「おかしいですよ! だって、そんなの……付き合ってるんですか? 好き、なんですか? まりっぺのこと」

「好きだよ。好きだけど、だからなんなの?」

付き合ってるのか。そんなことを訊いたって、答えてくれるわけがないのは分かっていた。

友達だとか付き合ってないとか、A子はまりっぺとの関係を言い切るつもりはないらしい。なぜかは分からないけど、A子はそうやって何も知らない私をもてあそんでいるようにも思える。本当に性格の悪いやつだ。

しかし、私にもまた切り札があった。

「でも……無理ですよ」

「無理? だから、なんでだよ?」

「だって、まりっぺは……

だって、まりっぺは高校時代に男と付き合っていたんだから。タバコも灰皿も与えて、まりっぺに協力していたやつがいる。いや、今も付き合っているのかもしれない。まりっぺはたぶんその男と仲が良くて、だから、まりっぺはたぶん女の人とは――私たちとは――付き合わない。

はっきりそう言ってしまったら、余裕そうなA子も流石にショックを受けるだろう。だって、彼女は携帯灰皿のことを知らないはずだから。敵ながら心配になったけど、ここまで来たらもう言うしかない。

「だってまりっぺは、高校時代に男の人と付き合ってたんですから。女の人にそういう興味はないはずです」

私は落ち着いて、動揺しているのをこれ以上悟られないようにそう告げた。これでもう、A子の余裕は崩せたはずだ。


「高校時代に、男……? あぁ、もしかして……これのこと?」

「えっ……そ、それは……

A子が掲げたのは、まりっぺが持っていたのと同じ形の、茶色い革の携帯灰皿だった。素材や縫製から見ても、同じブランドの色違いだろう。面食らった表情を隠せない私に、A子はさらに畳み掛けた。

「びっくりした? 確かにマリーはこれの黒を持ってるけどさ、あれは私があげたんだよ」

「え、あ……で、でも……

息が詰まる。声が上手く出なかった。まるで追い詰められた真犯人みたいに。

でも、既製品の灰皿なんて同じものがいくらでも手に入るんだから、これがすぐに決定的な証拠になるわけじゃない。偶然だってありえるし……自分の中でそんな言い訳をぐるぐると巡らせていたせいで、私の「切り札」がもはや切り札でないことに気付くまで、少し時間がかかった。

「マリーがダサい携帯灰皿を持ってるから、彼氏がいるって思ったの? 残念だけど、あいつにタバコを覚えさせたのは私、その携帯灰皿の彼氏は、私なんだよ」

けらけらと楽しそうに笑うA子。それは勝利宣言だった。随分と無骨な携帯灰皿だから、センスのない男がプレゼントしたものとばかり思っていたけど、まさかセンスのない だったなんて!

「そっか、タバコの見張り役って、C子のことだったのか。マリーが吸ってたタバコって、これだろ?」

そう言うとA子はテレビの横のコスメ収納を漁り始め、その引き出しの二段目からストロベリーが描かれた白い箱を取り出した。箱はもう開封されていて、開けると既に何本か吸われているのが分かる。A子はその中から一本を取り出して、私に手渡した。

葉の間にほのかに香る甘酸っぱい香り。普通のタバコよりもきゅっと細く締まった芯。確かにこれは、私がまりっぺの「非行」に付き合っていた頃に吸っていたものだ。まりっぺはこの箱から何本か取り上げて、薔薇の刺繍を縫い付けた水色のケースに入れていたのだ。

「ストロベリーの香りがする輸入タバコだよ。ウチで特別に仕入れてる」

A子がストロベリーの箱からもう一本引き出した。火を着けて、吸って、息を吐く。テーブルからソファに広がっていくストロベリーの香りは、確かにまりっぺが私にくれたあの香りだ。私の中にじわじわと染み込む煙の味を感じながら、まりっぺが「特別」なタバコだと言っていたのを思い出していた。

遠い目をしたまりっぺが、上を向いてふわりと煙を吐き出す。あの光景が、眼前によみがえってくる気がした。

「あっはは、まっず! やっぱ甘いのは不味いわ。笑えてくるほど不味い」

と、まるで目の前にまりっぺがいるようなその不思議な感覚は、A子の下品な笑い声で簡単に破られる。でもたまに吸いたくなるんだよね、なんて機嫌よさそうに笑いかけるA子は、そんな私の落胆を察するつもりもない。部屋を何度もまりっぺの香りでいっぱいにして、私の自傷じみた妄想だけをいたずらに煽っていった。

A子の煙に染められたまりっぺ。まりっぺの服が、肌が、目が、少しずつくすんでいく想像が頭を離れない。

「も、もしかして――

「ちょっと、A! 部屋では吸わないでって言ってるでしょ……って、なんでそれ吸ってるのよ」

もしかして、まりっぺの舌ピアスもA子が開けたの? と尋ねるより先に、頭にタオルを巻いたバスローブ姿のまりっぺが私たちの会話を遮った。

お風呂上がりの上気した肌に、むわりとした熱気がまとわりついて部屋に入ってくる。しっとりとしたシャンプーの香りが、ストロベリーの煙と混ざりあって、とろけるような甘酸っぱい香りに変わった。

「あー、ごめんごめん。C子が気になるって言うからさ」

「そ。なら、まぁいいけど。部屋ではやめてよね」

A子の適当な言い訳に、まりっぺはいったんその怒りを収めてみせた。そして、A子に聞こえよがしの小声で私に告げる。

「C、ごめんね。部屋がタバコ臭いの、この子のせいだから」

そうだろうな、と思う。男の影の正体は、もうA子なのだと分かってしまったのだから。壁紙の隅に染み込んだ、消しても消しても消えないA子の匂いを、まりっぺはどう思っているんだろう。私の前ではこうして気にするそぶりを見せるけど、もしかしたら、本当は。

それから、まりっぺはいったん収めた怒りをまた引き出すように、A子に向き直った。

「ほらほら、外で吸ってよね! ここ、私の部屋なんだから」

rose 1

A子は不満げにぶつぶつ言いながらも、テーブルに放ってあった自分のタバコを取り上げながら立ち上がる。まりっぺの言うことはちゃんと聞くんだな、と思いながら、私もそれに倣って外に向かうことにした。まだ訊くことがあったから。

ベランダへ続く窓を開けると、部屋の中にこもった湿った雰囲気が冷たい空気と入れ変わるようにカーテンの外に出ていく。五月とはいえ、まだ夜は冷える。私の足元を冷ややかな風が駆け抜けて、口論で熱くなった頭が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。

と同時に、まりっぺに感じていた男の影が、私が彼氏だと思っていたやつが、本当はA子だという事実が少しずつ私の中に広がっていく。苦いような、酸っぱいようなその感覚は、タバコの煙のように私に染み付いて離れない。

「早く閉めてよね。風邪引いちゃうから」

「はいはい……あ、C子、電気消してくれよ」

A子がベランダに一歩踏み入れた姿勢のままで振り向いた。その馴れ馴れしい指図にムッとしたが、まりっぺがいる手前で意地悪なことも言えまい。作戦とはいえさっきかみそりを取ってやったしな、と思いながら、テーブルの上のリモコンを何度か押した。

部屋の電気が消えて、カーテンの隙間から外の仄かな光が覗く。カーテンを引っ張ってくぐるように窓を抜けると同時に、都会のささやかな夜空の自然光と、向かい合う窓から漏れる少しばかりの人工光が私を迎えた。

私がベランダに出たのを確かめると、A子は後ろ手でからからと窓を閉める。そして、室外機の上の暗がりから何かを取り上げて、バランス良く手すりに置いた。なんだろうと思って顔を近づけると、くすんだ灰の匂いがする。

「部屋に灰皿を置くのはダサいんだってさ。だから、部屋ではこれ使うの」

A子は「これ」と言って、さっきの茶色の携帯灰皿を星空に重ねるように見せつけてから、そのままポケットにしまいこんだ。

準備が済んだA子は窓に寄りかかると、また赤い蛍を光らせて一服し始めた。すぐにそこら中がきついタバコの匂いで満たされていく。弱々しい星の光が煙に隠されて、灰色の空だけが残った。まりっぺの湯上がりの甘酸っぱい匂いも、少しずつ記憶の奥に追いやられていくのが分かる。

私の中のまりっぺが、少しずつ壊れていく。

だって、まりっぺは優しすぎるのだ。私だったら、こんな鼻の壊れた友人は作らないだろうから。身の程知らずに上から目線で絡んでくるやつだって、真っ先に絶交するだろうから。

「C子は、タバコ吸わないの?」

「はい、吸わないですね。匂いが気になるので」

そう皮肉で返したけど、A子は「別に気にする必要なんてなくない?」と、伝わっているのか無視しているのか分からないような返事で私をいなした。

「じゃあ、これ。やるよ」

A子が取り出したのは、紫色をした丸い鉛筆のような細長い筒だった。手に取ると少し重たくて、表面のさらさらとしたラベル越しに金属の冷たい感じが伝わってくる。これは何かと尋ねると、A子は電子タバコだと言った。

「えっと、だから私、タバコはちょっと……

「何も入ってないって。日本のだから。風味だけ」

A子はほら、と言ってその「電子タバコ」を目の前で吸ってみせた。A子が吸うのに合わせて先端が赤く光って、ふっと消える。

今度はA子が吐くのに合わせて甘ったるい香りが駆け抜けて、それから元のタバコの匂いで茶色く塗りつぶされていく。喫煙者が吸ってみせたって「何も入ってない」証明にはならないだろうけど、少なくとも今すぐ倒れるような危険な成分は入っていないようだ。

「これ、どう吸うんですか?」

「どう、って……吸うの、穴から。口で」

暗くて分からなかったけど、よく見ると十五センチほどの筒の片方に小さな穴が開いている。これが吸い口らしい。妙な感じだ。

ふーん、と思いながら吸い口をくわえて軽く息を吸い込むと、なるほど、バラの合成香料のような安っぽい甘さが口の中に広がっていく。少し煙たいけど、A子の吸うタバコのような刺激臭はない。さらに吸うと、先端がゆらゆらと赤く光っているのが分かった。

もやもやとした感じが気持ちいい。なるほど、タバコみたいに光るのかと思いながら先端を見つめているうちに、何だか気分が良くなってくる。

さらに強く肺まで吸い込むうちに、いきなり何かがパチッと弾ける音がした。

「ぐ、ぐはっ……げほっ! げほ、げほっ……び、びっくりした……

「慌てて吸うなって。中学生かよ」

驚いた拍子に煙が変なところに入り込んで、次の瞬間私は大きく咳き込んでいた。あんまり強く吸うと、中で蒸気が弾けるのだという。そんなの聞いてない。

「でも、いい匂いだろ? タバコを吸わないお子様にぴったりだよ」

「う、うん……

急に咳き込んだのが恥ずかしくて、何だか気が抜けてしまった。私は電子タバコも上手に吸えないのか、と落胆とも諦めともつかない感情がぼんやりと頭を支配する。A子が私に皮肉を言ったのは分かっていたけど、なぜかやり返す気にはなれなかった。

優しく煙を吸い込むと、また甘ったるい香りが抜けていく。その感覚を確かめるように、私は何度も息を吸った。

舌ピアスのことは、訊かなくてももうなんとなく分かっていた。まりっぺにタバコを教えたのもA子、ピアスを開けたのもきっとA子なのだ。まりっぺはA子のもので、私が入り込むだけの隙間はもうなかったのだ。

私はまりっぺの隣にいる間、まりっぺに何かを残せただろうか。私がいなくなってからもずっと残るような、何かを。

「ねぇ、A子」

「ん? どうした、急に」

「まりっぺのこと、よろしくお願いね」

まるで死期を悟ったかのようなせりふを聞いて、遠く夜空を見つめながらタバコをふかしていたA子が顔をこちらに向ける。しかし、別に私の余命を気にしているわけでもなく、ちらりと私の顔を見るだけで眉一つ動かさない。

「ふーん、そういう目もできるんだ」

友達を売るような真面目ちゃんのくせにさ。A子はそう言って、ベランダから去っていった。


A子はひとしきりタバコを吸って満足したらしく、私がベランダから戻ってきた時にはもう部屋からいなくなっていた。

「おかえりなさい、C」

「あ……う、うん。ただいま」

まりっぺはもう、バスローブからレースをあしらった柔らかそうなボアのパジャマに着替え終わっていた。姿見の前で全身がピンク色のもこもこで包まれた自分の姿を確認しながら、時折裾をくいと少し引っ張ってフリルの形を整えている。

可愛いなと思うと同時に、まりっぺはもうA子のものなのか、とぼんやり考えていた。

「A、あなたに挨拶もしないまま帰っちゃったわ。あら、それ……

そう言いながら、まりっぺが私の右手を指差す。その先に持っているのは、さっきA子がくれたローズフレーバーの電子タバコだ。返そうと思っていたのに、まるで嵐のようなやつだ。

まりっぺは一瞬怪訝な表情をしてから、すぐに嬉しそうに笑った。

「Aったら、よっぽどCのことが気に入ったのね」

A子が私のことを気に入った? そんなふうには見えなかったけど。少なくとも私は仲良くするつもりはなかったし、A子だってそれには気付いていただろうに。

そんなことを考えながらソファに掛けると、まりっぺも私の隣に座った。

「じゃあ今日は、私もローズのタバコにしようかしら」

そう言うと、まりっぺは枕元から細長いピンクの箱を取り出した。そして、濃いピンク色の紙で巻かれたおしゃれなタバコを引き出す。ホログラムが巻かれた箱のきらめきはA子のと似ているけど、心なしかより上品な輝きに見える。

部屋で吸ってもいいのと尋ねると、今日は特別よ、と言って笑った。

「A、たまに来るのよ。寂しいのよね、きっと」

まりっぺの口元からふわり、と濃厚なローズの香りが漂う。でもその後ろには、確かにタバコの香りが潜んでいた。その甘い香りとは正反対のツンとした刺激を意識すると、嫌でもA子のことを思い出してしまう。

いい匂いのはずなのに、その後ろに隠れる影ばかりが気になっていた。

「ねぇ、C。私が女の子と付き合ってて、どう思った?」

その言葉をすぐに理解できたのは、その現実に薄々勘付いていたからだろう。きゅっと胸が締め付けられるような冷ややかな悲しみと一緒に、やっぱりそうなのか、という諦めが広がっていく。覚悟はできていたはずだけど、まりっぺの口から直接聞くとやっぱり苦しい。

「ど、どう……って?」

「だって、私のこと好きなんでしょう?」

でも、次の言葉は予想もつかないものだった。まりっぺは「違う?」と尋ねながら、私の顔を覗き込む。

私がまりっぺのことを好き? まりっぺもA子も、どうしてそんなことをはっきり言うんだろう。私の気持ちを知ったような口ぶりで、私の前で、まるで私の代わりみたいに。

「好きじゃ……ないよ。ぜんぜん。もう、好きじゃない」

私は彼女に背を向けて、絞り出すようにそう告げた。好きじゃない。まりっぺのことなんか、好きじゃない。これはもう、本当の気持ちだった。だって、A子に染まったまりっぺなんて、もう。

執着しても、惨めになるだけだから。

A子。私の前に現れて、まりっぺをさらっていったA子。まりっぺを好きなだけ汚して、私に見せつけるA子。結局まりっぺも、まるでバカな女と同じように、あんな不良みたいなやつが好きなのか。私じゃ何が足りなくて、私じゃ何がいけなかったんだろう。

私だけのまりっぺが、がらがらと崩れていく。粉々になった「特別」の欠片が涙になって、私の目からぼろぼろとこぼれていった。頬を伝っていく涙を、まりっぺは掬うように撫でる。

「ねぇ、C。泣かないでよ」

「だって……だってまりっぺは! タバコだって、ピアスだって、全部A子の言いなりなんでしょ? 私はまりっぺのこと、強くて可愛い女の子だと思ってたのに……そんなの、そんなの……ひどすぎるよ……

「あら、ピアスってこれのこと?」

泣きじゃくる私を撫でる手が止まって、まりっぺがぺろりと舌を出す。その先には、確かに丸いピアスがはまっていた。やっぱり、そうだ。存在感を強烈に主張するその傷を見て、勝手に涙があふれてくる。

私は声に詰まって何も言えずにただ頷くと、ところがまりっぺは、不満げな顔で私に向き直った。

「何言ってるの? 違うわよ、私は誰かに身体を傷つけさせたりしないわ」

「で、でも青山さんは……

「私のことは私が決めるって言ったでしょ? むしろAは反対してたわよ。あの子、すごく勝手なんだから」

まりっぺのピアスは、A子が開けたものじゃない? じゃあ、まりっぺが自分で決めたの? そうだとしたら、私は大きな勘違いをしていたらしい。舌にはまった丸い銀色が急に美しい輝きに思えてきて、私はその口元から目が離せなくなっていた。

「だってあの子、太ももにタトゥーがあるのよ? だったらピアスくらい、別にいいじゃない。温泉だって入れるんだし。そう思わない? 舌が痛いって言うけど、そんなの別に――

「ま、待ってよまりっぺ! じゃあ、そのピアスは自分で開けたってこと?」

A子の不満をつらつらと並べるまりっぺの言葉を遮ると、彼女はきょとんとした顔で私を見つめる。

「だから、そう言ってるじゃない。私は誰のものにもならないわ。Aのことは好きだけど……C子、あなたのことだって、好きだもの」

「ま、まりっぺ……やめてよ、そんなの……

嬉しいはずの告白に、私は何故か拒否感を覚えていた。

私はもうまりっぺを諦めると決めていたはずなのに、まりっぺが私に希望という毒を注入していく。私は誰のものにもならない。あなたが好き。そう言ってのけるまりっぺの意志の強い瞳が、また私の心を捉えて離さなくなる。

「だって、まりっぺはA子と付き合ってて、だから私はもうまりっぺを諦めるしかないんだよ?」

「でも私、Cのことが好きだわ。Aのことも、Cのことも」

まりっぺとの別れを決めたはずなのに、彼女に好き、と言われるたびに顔が熱くなるのを止められない。それに、いつの間にかローズの甘ったるい香りばかりが私の鼻をくすぐっていた。

A子のタバコ。A子がまりっぺを汚したタバコ。ツンとして臭いはずなのに、もう私はその刺激を嗅ぎ分けることができなくなっていた。少しずつまたあの「特別」への渇望が、私の中にむくむくと頭をもたげているのが分かった。

「やめて、やめてよ! まりっぺ……なんで、諦めさせてくれないの……おかしいよ、こんなの……

「ねぇ、C? 私のこと、ずっと好きでいてね」

微笑むまりっぺと目が合う。

私はまりっぺに恐怖していた。いや、正確には、私自身に恐怖していた。彼女を求めるのを止められないこの感覚が、もがいたってもう逃げられないと諦めかけているこの感覚が、そしてこの恐怖さえも、まりっぺの前でなら心地よく感じてしまうこの感覚が、怖かった。

「言ってよ。ねぇ、まりっぺ! A子にピアスを開けろって言われたって、言って、言ってよ……ねぇ……

めちゃくちゃなことを言っているのは分かっていた。でもまりっぺは、すがりついて泣きじゃくる私を引き剥がすでもなく、抱きしめてキスをしてくれるわけでもない。ただ、そのまま。

私が睨むようにまりっぺを見上げると、彼女はちらと舌のピアスを見せつけるように小さく笑った。

「う、うぅ……ねぇ、まりっぺ、好きだよ……だから……

私はまりっぺのこと、何も分かっていなかった。彼女はもう、私を縛って離さないつもりなのだ。この恋はもう、自分で終わらせることもできないのだと悟った時には、もう遅かった。

そんな不釣り合いな私たちを、ローズの甘くて煙たい香りが優しく包み込んでいる。まりっぺが与えてくれるこの味は、こうしてずっと私を縛り続けるのだろう。私の恋が寂しく終わろうとも、きっと、ずっと。

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